去る四月の初め、私は友人と量子論の自主ゼミを開こうと模索していました。新型コロナウイルスの感染拡大で外出自粛をするなか、東京大学では Zoom を用いたオンライン授業に移行することが発表されました。その際、 Zoom Pro のアカウントを生徒側にも配布してもらえたため、それなら Zoom でゼミをやればいいのでは、そう思って参加者を募ることにしました。
ゼミの内容は、J.J.Sakurai 著『現代の量子力学〈上〉/〈下〉』 の輪読としました。授業期間の1,2週目は基本休講とする措置が取られるとのことで、この期間中に集中して読み進め、出来れば5月末には上巻を読み終わろうという思いでスタートしました。
メンバーとの顔合わせもオンラインで行い、そこからは担当箇所の割り振りや日程を毎回調整し、順調に進められました。メンバーは皆、理系の2年生でしたが、量子論にあまり触れてこなかった人から、物理系志望のつよつよな人まで様々でした。ゼミ全体でのレベルの統一は難しかったため、次のようなGoogleドキュメントを作り、活用を促しました。
「読書中に生じた疑問について共有するコメント掲示板兼発表内容の議事録まとめ」
こうした設備によって、Google Driveで発表に必要な補助資料などをメンバーと共有したり、「議事録」を用いて発表前の議論・生じた疑問点をいち早く知らせ準備してもらったりすることが可能となりました。そのため、発表はせず聞くだけの人も気軽に質問を投げられ、読みやすくなったのではないかと思っています(実際のところはわかりません)。
また、こういった集会にありがちな「都合により参加できない人」に対しても、ゼミの様子を録画・限定配信する仕組みを用いて後からでも見られるようにしました。疑問を感じていても参加すらできなかった人さえ議論を交わした様子が後から見られる、として悪くない環境だったのではないかと思います。
一方、ちょっとした問題として、人により初版と第2版とに分かれ諸々の共有が難しくなる事態があり、第何版の話なのかを明記する&数式に関する質問なら数式の番号も明記するようにして対処しました。また、本来の議事録としての役割は、ゼミ後にまとめを書くのが大変なために失われ、結果ほとんどがコメント置き場としてしか使われなくなるということもありました。
そんな紆余曲折の末、上巻を皆で読み切ることが出来ました。経路積分・ゲージ変換の周辺や、角運動量の合成の辺りなど難解ポイントも、一応読んでいくことが出来ました。いずれのタイミングで、下巻も読み続けていくことになりそうです(皆が疲弊したので一時休憩となっています)。
結果だけでは仕方がないので、ゼミで話題になった疑問点・それにたいする考えや議論なども、以下に載せようと思います。ゼミ内の単なる意見と議論なので、内容の真偽は不明です。ですが、同じ疑問を持った人に少しは役立つのではないかと期待しています。
コメント
(都合により問題番号は基本、初版のものに沿っています)
第1章
★(1.3.6)式下、「Aの固有ケットは我々のケット空間の構成上、完全系を作っていなければならない」という記述について
・清水の量子論では「完全性を成すことが知られている」とあり、有限次元については「エルミート行列がユニタリ行列で対角化可能」ということから説明されていると思われる。
・「構成上」ということについて、状態ケットがもし固有ケットの線形結合で表せないならば、演算子に対する固有値を持たないものであって量子論の考察対象から外れるということなのではないか?
→ そもそも状態に分類できないケットは考えることに無理がありそう
★(1.3.19)式の”行列表現”は今までにない唐突な主張なのでは?また演算子をケットに作用させることと、表現行列をかけることには同値性があるのか?
・外積が(i,j)成分のみ1で後は0の行列として考えられるのでは?
→ そもそも外積の行列表示であってもイマイチ誘導通りではなさそう
→ 正規直交基底だから行列による表示が可能なのだという流れとしか言えなさそう(論理の飛躍ではある)
・行列表示の式とユニタリー変換辺りが似ている
→ 行列表示は演算子を数ベクトルの世界で考えたものなのでは?g : ケットベクトル → "展開係数を立てに並べた数ベクトル" という写像は1対1で、ケット空間を(複素)数ベクトル空間に持っていける。ケットからケットへの写像を成す演算子Xは、数ベクトル空間から数ベクトル空間への行列Aという線形写像で表現できるという意味での行列表現っぽい。つまり として考えればよさそう。
★(1.3.38)式下、「 の物理的役割はスピン成分を の単位で1つだけ増やすこと」とは何を増やす?
・軌道角運動量の事も考えると、 が固有値を 増やしていることになる(の固有値がそれぞれ なので)。
★(1.4.36)式下、同時固有ケットの一意性は非自明?証明も難しそう?
→ 前と同じで場合分け出来ない場合(物理的に状態が定まらない)は変だし証明はできなくても言いたいことはわかる。
★(1.4.56)式の計算がおかしい?
→ 第2版では "/" が抜ける誤植が起きているっぽい。 なら出来る。
★(1.5.11)式に関して、基底を で変換し、ブラが で変換される様子は相対論の共変・反変に似てそう
→ Wikipediaを見る限り、やはり共変・反変には双対性がありそう
★(1.6.20)式、無限小平行移動演算子は他の形でもいいのか?そもそも最初から の形でもよさそう?
→ 「1次」の指定もあるし、波数ベクトルの導入やリー環的にも(1.6.20)の形でよさそう。
★(1.6.26)から(1.6.27)への導出が難しい
を としてとると、
・どれが数ベクトル・演算子なのかを区別するのが重要そう。ベクトルは太字、演算子の上にハットをつけることにして
なので
と言った感じ。
★(1.6.47)など、解析力学・ポアソン括弧などは未履修には厳しかった
・リー環論の考えからポアソン括弧を導き出すこともできるのでそれについての資料を掲載
★(1.7.15)式のΔx' は有限量?なのに近似に使うのってちょっと変では?
→ 分からず…
第2章
★(2.1.14)で恒等演算子になると言うけど、観測したら不連続な変化になるんじゃない?
→ 観測すると演算子がUの前に入ってそもそも状態ケット自体が変化するから大丈夫そう
★(2.1.21) は、位置の対称性から運動量の保存則が出るように、時間の対称性からエネルギー保存則が出る(ネーターの定理)ことから関連性が見られる。
・ハミルトニアンが時間に依存しないことがエネルギー保存則に対応してるのかも?
★(2.1.65) 関連、すなわちエネルギーを準連続的スペクトルで考えることやρの意味合いが謎
→ 演算子の固有値がエネルギーを表す場合で、その固有値が密集している、もっと具体的には、幅dEの範囲で の密度を持つ = その範囲内の数値を選んできたときに の確率でその数値がエネルギー固有値になっている、と近似して考えられる状況が「準連続的」なスペクトルの状態だと言えそう。
★(2.2.7)の式変形ちょっとわからない
→ dx'の二次以降は無視している。dx'はただのベクトルであって、基本は を利用した変形
★第2版での2.3節最初に「ハミルトニアンは基本的に2つの正準共役な演算子の2乗の和であるから場の量子論の出発点にもなる」といった記述があり、よく分からない
→ 場の量子論で一番簡単な実スカラー場のLagrangian密度が
と書けて、これが調和振動子に見えなくもない。とはいえHamiltonian密度の方はあまり似ていないように見えるけど、正準変換すればLagrangianになることを考えると、似たものとして扱うといった感じかも
★(2.3.36) 「ビリアル定理」?
→ ポテンシャルUが位置のk次同時関数、すなわち となる場合に
と書けるという定理(Tは運動エネルギー)。調和振動子では k=2 の場合であり、(2.3.36)はそうなっている。
★(2.3.47) Baker-Hausdorff の補助定理の証明は?
→ 群の左作用と右作用を用いて
といった式にする。より直感的には、左辺をGについてテイラー展開するようなつもりで、積の微分を用いてやることで交換子積が何回もかかるような形が出てくることが見える(数学的な正しさは分からない)
★(2.4.27) Hamilton-Jacobi理論?
→ 解析力学未履修には難しい…(ゼミでは一応説明してもらえました)
★(2.4.40) WKB近似の解法の辺り分からん
→ これも書いてあることを、そうなんだと言うくらいしか分からない(Borel総和法とかもあるかも?)
★第2版 (2.5.43)あたりの WKB近似の導出が謎
→ (2.5.43)のW0'は微分方程式の解のによるべき級数展開の最低次の項(のみ)、W0, W1, W2 などはより高次を残したもの、またW1', W2'などはその次数のみを表しているものっぽい?摂動論的な考え方らしいけど、正直曖昧でよく分からない
★(2.5.12) グリーン関数分からないし、この式変形謎すぎる
Heavisideのステップ関数の微分がデルタ関数に相当すること、また最後の右辺第2項はシュレーディンガー方程式によって0になること、残るKが(2.5.9)あたりからデルタ関数になって、(2.5.12)になるっぽい。
→ グリーン関数はざっくり「微分演算子の逆演算子を関数の形にしたやつ」で、電磁気学のポアソン方程式を解くときなどに利用しているらしい。電磁気学でのグリーン関数は、ある点の電位に空間上の各点がどれくらい影響を与えているかを表すようなものと解釈できるらしい(文脈上でもそんな扱い)。
一方の(2.5.12)は、(2.5.13)の境界条件を満たすようにKにHeavisideのステップ関数を掛けたものを考えれば導けそう。
★(2.5.16)で出てくる exp(-ix^2)の微分は?
→ 物理のかぎしっぽ様に参考になる記述が (exp(ix^2)のガウス積分 [物理のかぎしっぽ])
★(2.5.20)トレースは表示によらない?
・トレースが(ユニタリ行列による)相似変換で不変であるのは、トレースが固有値の和であることからも言える(その意味で”状態に関する和”)
★(2.5.25) ラプラス変換?極?
→ ラプラス変換や留数定理のお気持ちを発表者などが用意してくれました。極などは複素解析の範囲の話。
★(2.5.36)前のDiracの逸話
・この逸話に関する詳しい話が arXivに載っていました (https://arxiv.org/pdf/2003.12683.pdf)
★(2.6.7)後のポテンシャルの差の検出での干渉ってどういうこと?
→ 二つの経路を通ってきた波動関数(波束)の線形和になるといった感じらしいけど、すこし気持ち悪い。二つの波動関数の内積を取るとexp成分の積が位相差を表すという話。同じことが重力効果の測定にも出てくるけど、仮に線形和で書けるとしてその係数は入射した時に決定するのか(だとすると経路内の変数を経路に入る前に”知っている”という奇妙なことになる)、それともいずれかのタイミングで決まるのか、などは不明。
★(2.6.18)から(2.6.17)を導くのよくわからん
→ 演習問題の問33になっているから、その解説を見れば…
★(2.6.20) 電荷のある粒子のハミルトニアン、どういうこと?
・この式はガウス単位系で書かれており、SI単位系などに変えるのは頑張らなきゃいけない(資料などを上げてもらいました)。
・ざっくり導出の流れ
①運動方程式からUを決める
(②L=T-Uとラグランジュの運動方程式からUが正しいことを確認)
③Hに変換し、 を p に直し消去する
★(2.6.25) 正準運動量の関係導けません…
→ (2.2.23b) を使えばいけそう( のAはxの関数なので) 。
・超電導状態では、磁束が渦となり、超電導電流が渦上に流れる。この時、電子はクーパー対(2つが合体した対)を作り、1周して波動関数が元に戻るという要請から、eを2eとしたΦ_nの時に、こうした渦電流が流れるらしく、これを超伝導での磁束の量子化というらしい(講談社:量子力学Ⅰ参考とのこと)。
第3章
★(3.4.16)は?
→に対してなので、全体では一か所1になって他が0になるというだけ
★(3.4.24)とは異なるアンサンブルに分解できるとは?
→ によって分解が出来そうだけど…違う可能性アリ
★(3.4.46)のラグランジュの未定係数は何をやってる?
の微分が0になるkを考えることで、(3.4.47) が出てくる。(3.4.49)はβの項が要らなくなるだけ。
→ 関数Fの微分が0となる条件で極致を求める操作。具体的には
★(3.7.1) テンソル積?
・そもそも量子の合成系がテンソル積で書けるというのは公理のようなものらしい。示せるのかはわからない。
★(3.7.11)式の導出は?
→ テンソル積が作用する空間は対応する空間のみという演算の条件(本当かは不確か)を用いれば、テンソル積のみを交換子積から追い出すことが出来て示せる。
★(3.7.18),(3.7.19)式は?
→ (3.7.18)は(3.5.40)に代入する。(3.7.19) では、(3.5.14) の を として考え、生じる の部分が打ち消し合うことを言えば求められそう。これを対角化する話は後々の話を見たほうが分かる気はする。
★(3.7.32)式は?
までは交換関係から言える。この後は実際に に作用させてみたり、 あたりから0にならないことは何となくわかりそう。
→
★(3.7.40)での和の計算は半整数ならどうするん?あと(3.7.53)で になってるけど は考慮しなくていいの?
→ 半整数の計算についてはよく分からない…後者は 付録(証明)の表とか見ても、上から1ずつ降りている仕組みなら にならなさそうだから大丈夫な気はする
★(3.7.51)後の色んな説明何も分からん
・三角の関係を使い続ければすべて決められるという話。"Aに (m1, m2+1) を対応させる"のは、(3.7.49) 式の右辺第2項にAをあて左辺はBに相当させるという動作らしい。
・(3.7.53)後、”J-の漸化式をいつも上の列に沿って用いて”は、スピン量子数やm_l, j などを固定している。mをm+1に置き換えなければならず混乱しがち。細かいところはめちゃくちゃムズイ
★(3.7.58)前、位相因子を別にして?
でも絶対値が一緒なら問題がないということかも?
→ 正直わからん。
発掘したらさらに追加するかもしれませんが、以上集められたコメントでした。間違った考えも十分あると思います(というより、分からないで終わらせているところが多い)。なお、3章後半では理解することすら危ういゾーンもままあったため、質問すら出にくくなっていました。
とにもかくにも、読み切れてよかったです。またゼミを開きたいと思いました。