分子からの群論解説(4)既約分解

前回:群の表現
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今回は表現の分解について考えます。今回出てくる定理の証明は、数学科ではないのですっ飛ばしちゃいます。

表現の足し算とその反対

少し本題から外れた話ですが、前回出てきた  C_{3v} の表現  A_1, A_2, E(2次元の表現を  E と名付けました。単位行列単位元ではないです)を写像という概念で考えてみます。

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前回の「群から一般線形群への対応」が写像です。特に表現は、その構造をそっくり移すようにしたものでした。このように構造を保つ写像準同型写像と呼びます。群の表現論においては、表現と同じように

 \psi(xy) = \psi(x)\psi(y)

が成り立つものとします。表現は一般線形群への準同型写像ということです。1次元表現の  A_1, A_2 は、群の構造をざっくりと移すような準同型写像と言えます。つまり、群の元を数個まとめて1つの行列に対応させる、3対1などの写像です。一方  E は1対1の写像です。このような写像全単射と呼ばれ、逆の写像を考えることが出来ます。表現から群の元を同定することが出来るということです。全単射写像は正確に群の構造を移せているので、同型写像と格上げされて呼ばれます。


さて、本題に戻りましょう。本題というのは、表現を足し合わせたものも表現になっているんじゃないか、ということです。


例えば、私たちはアンモニアから  C_{3v} という群の構造を見出してきました。アンモニアのように3次元においても  C_{3v} が支障なく働いているということです。それなら、この3次元での  C_{3v} の表現も作れるのではないでしょうか?


前回の2次元基底  e に、垂直方向(いわゆる z 軸)の単位ベクトルを追加した基底を考えます。これも  e としちゃいます。これについても同様に表現を(3×3で)考えてみると

D(C_3) = \begin{pmatrix} -\frac{1}{2} & -\frac{\sqrt{3}}{2} & 0 \\ \frac{\sqrt{3}}{2} & -\frac{1}{2} & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}

D(\sigma_1) = \begin{pmatrix} 1 & 0 & 0 \\ 0 & -1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}

D(\sigma_2) = \begin{pmatrix} -\frac{1}{2} & -\frac{\sqrt{3}}{2} & 0 \\ -\frac{\sqrt{3}}{2} & \frac{1}{2} & 0 \\ 0 & 0 & 1  \end{pmatrix}


見たところ、左上の2×2が2次元表現  E と同じで、あとは右下の 1 以外を 0 にした行列になっていると言えます。これは当たり前の話で、平面に垂直なベクトルには平面にしか効かない群の作用は効果なしで、同じベクトルのままでいられるからです。基底を  e' に変えて同様にして3次元表現を求めても、同じような結果になります。


ここで、右下のずっと "1" であり続ける部分を、恒等表現  A_1 と考えます。すると、表現が以下の形になっていることが分かります。

 D = \begin{pmatrix} E_{11} & E_{12} & 0 \\ E_{21} & E_{22} & 0 \\ 0 & 0 & A_1 \end{pmatrix}


実はこれが、表現の足し算ということになります。正確には直和と言います。つまり、いくつかの表現の直和を取ることは、表現の中身の行列を左上から右下まで対角的に並べ、他を0で埋め尽くすことによって出来ます。このように対角に行列を並ばせた形を、ブロック対角型と呼んだりもします。


この操作は、その逆を行うことも可能です。つまり、ごちゃごちゃとした大きな行列も、何らかの行列で相似変換をすることで、ブロック対角型に持ち込むことが出来ます。 C_{3v} の場合は、上記の3次元表現(とその同値な表現)を、 A_1 E の直和にすることが出来ることに対応しています。


表現をいくつかの(次元の低い)表現のブロック対角型にして直和に分解することを簡約と言います。また、簡約が出来るような表現は可約と呼び、逆にこれ以上簡約が出来ない表現は既約表現と呼ばれます。


 C_{3v} の3次元表現には他にも、 A_2 E の直和という形に簡約できるものもあります。それならば、他にも既約表現が存在して、その直和で表されるような表現はあるのでしょうか?また、 E などの既約表現が本当に既約だと断言できるのはどうしてでしょうか?これらの疑問に対し、表現論のいくつかの定理によって答えを出すことが出来るようです。

大直交性定理

定理を紹介する前に、既約表現を便利に識別できる「指標」を説明しましょう。

表現  \Gamma 内の行列  D = (D_{ij}) に対するトレースを指標と呼びます。つまり、

Dの指標 =  tr(D) = D_{11} + D_{22} + \dots + D_{nn}

トレースは対角成分の和の事ですね。表現論では特別に指標と呼びます。なぜこの量が重要なのでしょうか?


表現はその相似変換によって、いくらでも見た目の変わったものになることが出来ます。ただこのとき、指標を考えると

 tr(T^{-1}DT) = tr(DT^{-1}T) = tr(D)

指標は相似変換で変化しないことが分かります(上の式変形では、 tr(AB) = tr(BA) を用いました)。

表現全体の指標の組は同値な表現で同じになります。逆に同値でない表現なら変わったものになるはずです。なので表現の識別にぴったりと言えますね。



さて、表現論におけるいくつかの定理を紹介します。この定理を活用することで、既約表現の是非や既約表現への分解の手法を知ることが出来ます。すごい。


①ユニタリ性定理

全ての(有限次元の)群の表現は、ユニタリ表現と同値になる。


ユニタリ表現とは中身がユニタリ行列である表現の事です。ユニタリ行列とは、その随伴行列(複素共役を取って且つ転置もした行列)が自身の逆行列になる行列の事です。この定理の証明にはユニタリ行列を用いた対角化の上手な利用とかをするみたいですね。とにかく、どんな表現でもユニタリ表現に相似変換を用いて変形できるのならば、ユニタリ表現だけを考えればよいことが分かります。

②大直交性定理

位数  g の群  G の既約なユニタリ表現  D, D' に対し、

 D = D' ならば、  \displaystyle \sum_{G} [D_{ij}(G)]^\ast [D'_{kl}(G)] = \frac{g}{dim}\delta_{ik}\delta_{jl}

 D \neq D' ならば、  \displaystyle \sum_{G} [D_{ij}(G)]^\ast [D'_{kl}(G)] = 0

何じゃこりゃ。って感じです。 dim は次元を表しています。また  \delta_{ab}単位行列を表しており、 a = b なら 1 ,  a \neq b なら 0 をとるという意味になります。


急にこれだけ出されても意味が分からないので、具体的に考えてみましょう。 C_{3v} の元と表現を並べたもので上記の計算を考えてみます。


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下四行は  E の各成分ごとに分かれていることに注意してください。表現を成分ごとにすべてバラバラにした状態になりましたが、このとき各1行ごと(表現の成分ごと)を、丸ごと一つの行ベクトルとして考えることにします。図での色分けされた長方形を1つの行ベクトルと考えるという訳です。


こう考えると、定理が言っていることが分かりやすくなります。つまり、大直交定理が示していることは、各行ベクトルが直交基底になっているということです。行ベクトルごとのエルミート内積を計算すれば、自分自身の内積以外は0(互いに直交している)になっています。計算してみれば分かります。

また、自分自身の内積の値、つまり行ベクトルのノルムは、"群の位数÷行ベクトルを含む表現の次元” になります。例えば、一番上の灰色の四角に対応する行ベクトルのノルムは  6 / 1 = 6 ですし、下4つの緑っぽい四角の行ベクトルのノルムは全て、  6 / 2 = 3 になっています。これも計算してみるとそうなっていますね。なんかすごい。
 

これから逆に、各表現のもつ行ベクトルを最初からノルム=1 となるように調整しておくことで、正規直交基底にすることが出来ます。「ユニタリ表現の行列要素で正規直交完全系が作れる」という風に考えると面白いですね。さらに、「ユニタリ行列なんだし行ベクトルが直交性を持つならば、列ベクトルも直交性を持っているだろう」という推測も出来ます。実際、列ベクトルを同じように導入して考えてみると、互いに直交していることが見えてきます。

③次元数と位数の関係

全既約表現の次元の二乗和が群の位数になる。

これは、 C_{3v} の表現の次元の二乗和  = 1^2 + 1^2 + 2^2 = 6 = 位数となっているので、正しそうな気がしてきます。この定理を逆に利用して、既約表現の個数を確定させることもできます。例えば位数が6の群の表現で2次元表現を一つ見つけてきたならば、残りの表現は必ず1次元のみになることが分かる、といった使い方です。


指標についても行と列それぞれに直交性が成り立ちます。指標は表現ごとに先ほどのような表にすることが出来ます。

④指標の直交性

異なる表現の指標の"行ベクトル"は直交する。また"行ベクトル"のノルムは群の位数に等しくなる。
異なる共役類の指標の"列ベクトル"も直交する。また、そのノルムは "群の位数 / 共役類の位数” に等しくなる。


これらを用いて、あらゆる表現も既約表現の直和の形(ブロック対角型)に分解することが出来ます。指標を用いて既約表現か確かめることも出来ますし(指標の二乗和=位数か見る)、その個数も判定できます。ある意味で、共役類による分類の表現バージョンのようなことが出来るという訳です。

終わりに

以上で群論と表現論の自分なりの解説が出来ました。正規部分群とか準同型定理とか細かいあたりが抜けてると思います。内容は足りないのでこれ以上の話は各自で学習してもらえればと思います。でもとりあえず、自分の理解は十分深まったので良かったです。もしかすると、続きとして他の群の分類とか既約分解とかをしたり、量子化学の話につなげたりするかもしれないですが、一旦は終わりにします。


閲覧ありがとうございました!


参考文献

『化学や物理のためのやさしい群論入門』

化学や物理のためのやさしい群論入門

化学や物理のためのやさしい群論入門

 
とても分かりやすい素晴らしい本です。