分子からの群論解説(1)群と対称性
この記事から、群論とその表現について書いていこうと思います。
量子化学を学んでいて群論を学ぶ必要を感じたので、いくつか本を読んだ上でその考えをまとめてみたいと思います。
数学的な厳密さは脇に置いといて、すんなりざっくり理解出来るような(というより自分の理解のための)記事にしていきたいと思います。ただし、途中で線型代数を前提知識とした話が出ます。
全体では、以下の内容を抑えます。
- 群の導入
- 共役類と剰余類による分類
- (行列)表現の導入
- 準同型写像
- 大直交性定理や指標による既約表現の直和への分解
分子の対称性を数学っぽく表したい
アンモニア分子 NH3 は、水分子 H2O よりも「対称性が高い」と直感的に感じられます。でも、どうすればその「感じ」を表現することが出来るでしょうか?もし対称性を数学で上手く表現できるなら、分子内の電子の働きや性質を解析することも、比較的簡単になるかもしれません。対称性を数学的に扱うためにはどうすればいいでしょう?
そもそも、対称性というものを示すときにはどのような方法があるでしょうか?点対称や線対称という言葉がありますが、それは今考えている物体に対して何を考えることを意味しているでしょうか?
例えば点対称という表現は、2次元平面上の物体について、ある点の周りに180度回転させたら、ぴったり元の物体と同じ形になるという性質を意味しています。ただ、これを3次元で考えるとしたら、ある直線の周りを180度回転させる操作に対応します。例えば水分子において、二つの H の中間と O を結ぶ直線に対し180度回転すると、元の形に戻ることが分かります。つまりは「線の回転対称」になっています。
一方、2次元での線対称はどうなるでしょうか?2次元の線対称は、ある直線に関して鏡のように反転させる操作を考え、操作後も同じ形、つまり操作に対して不変な性質を意味していました。3次元なら、ある平面を鏡とし、その鏡映を取る操作に対し不変な性質、と自然に考えられます。
ここで重要なのは、どの場合においても、「動かす操作に対して不変」という根幹は変わらないことです。この表現が対称性を決定する必須な要素だと考えられますね。
ところで、アンモニアは「線の回転対称」でしょうか?
水の時と同じように考えて180度回転したところで、その形は変わってしまうので先程の「(180度)線の回転対称」とは言えません。しかし、120度の回転には不変です。また、240度にも不変です。これもある意味で「対称性がありそう」という感じがしますし、むしろ「線の回転対称」の一種という感じもあります。180度は2倍すると360度で、120度も3倍で360度になるという共通点もあります。
そこで、対称性を決める際の「動き」の基準として、回転操作と鏡映操作を採用しましょう。回転はある直線に対して、整数倍で360度になるものとすれば良さそうです。
そして対称性とは、回転か鏡映に対して不変な性質、と考えることにします。
「動き」自体の集合
アンモニア分子を不変にする「動き」には、
- 窒素と3つの水素の重心とを結ぶ軸における120度・240度の回転
- 窒素&水素を含む3つの面における鏡映
- 「何もしない」操作
があります。これらを下の図に沿って名前付けしておきます。
240度回転は、を2回行えば出来ます。また「何もしない操作」にはという文字を当てておきます。
これら全ての操作から適当に選びまくってアンモニアに作用させるとどうでしょう?結局アンモニアの形は不変のままですよね。120度回転した後に鏡映を取ろうが、鏡映を取った後に240度回転しようが、元々どの操作にも不変だったアンモニアは、最後も不変のままになります。
ところで、 → と操作を組み合わせたものは、明らかに , とは違う操作になります。でも、「アンモニアを不変にする動き」であることに変わりなく、必ず上の3つのパターンの操作しかあり得ないです。つまり、2つの操作の積は、また上の3つのパターンのいずれかになっているはずだということです。(実際 → = が成立)
対称性に関連する「動き」を要素とする集合は、その積も集合の中に含みます。そのような、積に関して閉じている(積が他のものにならない)性質を持つ集合を、群と呼びます。正確には、単位元(「何もしない」要素)と逆元(「巻き戻せる」要素)も含まれて、結合法則も成り立つものを指します。そして、アンモニアに関する群は と呼ばれています。
群の要素の数を群の位数と言います。ここで、群の位数が大きい群というのはその群の作用には不変な図形の対称性が高いと考えることが出来ます。水分子に対応する群の位相は4ですが、アンモニアの群は6で、確かに対称性の高いほうが位数が大きいです。これは、「不変になる動きが多いほど対称っぽい」という直感にも適していますね。
今回は群が大体どんなものかを考えたところで終わりにします。次回は、群を「分類」することについて書こうと思います。
cake-by-the-river.hatenablog.jp
参考文献
『化学や物理のためのやさしい群論入門』
『見える!群論入門』
どちらとも、とても分かりやすい素晴らしい本です。