分子からの群論解説(2)共役類と剰余類で分類

前回:群と対称性について

cake-by-the-river.hatenablog.jp

 

今回は、群を分類することについて考えます。

 

「何を同じとみなすか」が分類のカギ

僕の身近にはあまりいませんが、植物やら魚やらにとても詳しいマニアの人は一定数います。その人と私たちの間には知識という隔たりがあって、私たちには識別できない繊細な違いというものが分かります。

 

 

海辺の岩場に平べったい貝がへばりついているのを見たことがあるかもしれません。私たちは「貝だ」と思うか、ちょっと知識のある人は「マツバガイって言うんだっけ」みたいなことを思うかもしれません。近くに同じような貝があったとしても、私たちには同じものがたくさんあるとしか考えないかもしれません。

 

でも、もう少し知識のある人は「あれはベッコウガサかな」のように見分けがつくようです。知識人はマツバガイとベッコウガサを「高さが少し違う」と見分け、違う貝として認識しますが、私たちは「平べったい貝」という観点で同じものと考えます。このとき、私たちは大雑把な分類をしていると言えます。マニアと私たちの分類の違いを決定づけるのは、2つの貝が「平べったい貝」として同じものだとみなすかどうかという点です。

 

さて、前回の群も「同じとみなすか」という基準で分類してみることにしましょう。

 

「同じとみなす」関係は、同値関係と呼ばれています。例えば、 ab の同値関係を a \sim b と書きます。もちろん同値関係はいくつも考えることが出来ますが、

  •  a \sim a (自分は自分と同じタイプ)
  •  a \sim b \rightarrow b \sim a (互いに同値)
  •  a \sim b かつ b \sim c \rightarrow a \sim c (全部同値)

くらいは成り立つようにします。逆に言えば、これさえあれば同値関係はいくつも作れるみたいです。

 

このとき、同値関係にあるものの集合を同値類と言います。そして実は、元々の集合をいくつかの同値類の形にきれいに分解することが出来るんです。「きれいに」というのは、複数の同値類に含まれるものがないということです。

 

人の集団を、サッカーファンと野球ファンのような方法で分類することは不可能です。両方ファンの人ももちろんいるからです。「サッカーファン・野球ファン・その他」に分けるよう考えようとしてみます。すると、A(サッカーファン)・B(両方)・C(野球ファン)のような場合に

 a \sim b(サッカーファンとして) & b \sim c(野球ファンとして)

a \sim c としてしまうと、意味が分からないことになってしまいます。

一方で、住所の都道府県により分類することは可能です。2つの都道府県に同時に住んでる人がいないからです。「同じ都道府県に住む」という同値関係はOKです。都道府県ごとにきっぱり分けることができるように、同値類で分類することが出来るということです。

 

群論で重要な同値類として、共役類や剰余類といったものがあります。この二つを順に見て行きます。

 

「共役」による分類

 

群Gの元に対して、共役というものを考えることが出来ます。まずは共役の定義を示します。

 a, b \in G, \ \  b^a := a^{-1} b a

 

具体的に何をやっているのか、 G = C_{3v} を2次元上で表して考えてみることにしましょう。  C_{3v} についてアンモニアを例に考えて来ましたが、(アンモニアの3つの水素を含む面で考えれば)2次元平面上でも同じように考えることが可能です。(図2aの左)f:id:cakkby6:20200213132808p:plain

右側は、適当に置いた箱が群の元によってどのように動かされるかを表したものです。群の元自体はその空間上の図形を「動かす」存在であり、動かされる図形(この場合は箱)自体を指しているわけではないことに注意する必要があります。

 

さて、共役を実際に考えてみます。a = C_3 としてみると

E^{C_3} = {C_3}^{-1}EC_3 = E

つまり、EC_3 に関する共役は E になります。

他の元では

C_3^{C_3} = C_3  ,  {C_3^2}^{C_3} = C_3^2
\sigma_1^{C_3} = \sigma_2  ,   \sigma_2^{C_3} = \sigma_3  ,  \sigma_3^{C_3} = \sigma_1

 何となく、 EC_3, C_3^2 、そして \sigma_1, \sigma_2, \sigma_3 とでざっくり分かれてそうな気がします。すべてのパターンで共役を考えて行くと、次の表が書けます。

f:id:cakkby6:20200213143222p:plain

 このとき、固定された b においては、どの a に対しても、あるタイプの元しか共役になっていないことが分かります。つまり、上の表だと行ごとに色がはっきり分かれていて、青色の共役は常に青色ですし、緑色の共役は常に緑色になっています。これは他の群においても成り立ちます。つまり、共役なもの同士で集合(共役類と呼びます)を作ってしまう(共役を同値関係とみなす)、それによって群の分類が可能なのです。C_{3v}の共役類は、 \{E\}, \{C_3,C_3^2\}, \{\sigma_1,\sigma_2,\sigma_3\}の3種類になります。

 

ところで、どうして共役という謎の操作を考えることになるのでしょうか?

 

共役の操作は、複素数平面での「ある点における回転」などの操作に、どことなく似るところがあると思います。複素数平面上の点\alphaの周りを角度\thetaだけ回転させる操作は、点\alphaを一旦原点に持っていくよう平行移動し、\theta回転したあと、また元の場所に戻るよう平行移動移動すればいいです。つまり、

 -\alpha → Rotate(\theta) → +\alpha 

のように動かします。+α の平行移動の逆の動作(逆元のように)が -α なので、共役をとる操作にずいぶん似ています。

 

分類という視点でかんがえると、複素数平面の様々な点の周りを回転させる操作も、「同じだけ回転する」という意味で全て一緒くたに分類するのは無理ないですよね?むしろ、点 \alpha を中心と捉える世界を考えれば、普段の世界の「原点周りの回転」にぴったり対応したものだとも考えられます。

 

この意味で、共役の関係というのは(点 \alpha が中心の世界のような)少しズレた世界において同じ役割を担っているもの同士の関係を意味すると考えればよさそうです。

 

剰余類で分類

 

ところで、図2aの箱は恣意的に色付けされており、きれいに色分けされているような気がしませんか?

f:id:cakkby6:20200213132808p:plain

再掲

元の箱に C_3 を繰り返し作用させていても、青色の組からは永遠に抜け出せません。逆に、一度 \sigma_1 を行った場合は緑色の組に入ることが出来ますが、そこから C_3 だけを行っている限り、抜け出すことは出来ませんね。この意味でも分類することが可能な気がしてきませんか?

 

青色の組にある状態は群で言うと  \{E, C_3, C_3^2\} の部分集合に対応しています。よく見ると、これも群になっていますね。群の部分集合も群の場合、それを部分群と呼びます(そのまんま)。また、群によって動かされて出来る図形全体、つまり動かした後の図形を全部組み合わせたものは、その図形の軌道と呼ばれます。上の例だと、青色の箱すべてを一つと考えたものが  H_1 = \{E, C_3, C_3^2\} の軌道、緑色の箱をまとめたものが  H_2 = \{\sigma_1, \sigma_2, \sigma_3\} の軌道になります。

 

さっきの考えをもっと数学っぽく言うならば、C_{3v}の軌道は、2つの部分群 H_1, H_2 による軌道にきっぱり分かれ、 \sigma_1 によって行き来できる、といった感じになります。重要なのは、\sigma_1という元によって

"H_2の軌道" = \sigma_1*"H_1の軌道"

のように表現ができる点です。

 

これを踏まえ、次のように分類することにしましょう。

 

とある部分群 H に対して、その部分群に入っていない元  a を用いて

 aH := {a*h | h \in H}

としてできる部分群 aH剰余類と呼びます。先のように軌道を想像して考えると分かりやすいです。このとき、部分群 H を上手くとれば、群全体を剰余類によって分類(剰余類分解)することが出来ます。 C_3v H_1H_2 によって剰余類分解されます。

 

この剰余類という考えは、むしろ整数の剰余(mod)を考える方が分かりやすいです。

 

例えば整数全体を mod 6 で分けた時、その要素は "0" ~ "5" の6つだけになり、また足し算を積の代わりと考えれば、実は群となっています。このとき、部分群として mod 3 を考えれば  \{3, 4, 5\} は  \{0, 1, 2\} と次の関係になります。

 \{3, 4, 5\} → 3 + \{0, 1, 2\}

mod 6 の群を mod 3 の群の剰余類で表すことが出来ています。さらに、mod 2 の剰余類を考えて3つの群に分けられることも分かります。 

 

どちらにおいても重要なのは、剰余類の位数の何倍かが群全体の位数と同じになるというポイントです。 mod 6mod 4 を用いて分類することは出来ません。 \{0,1,2,3\}\{4, 5\} を表現することは出来ないからです。剰余類分解が出来る上手い部分群というのはこのようなきれいに分解できる位数になっている必要があります。また部分群の剰余類が全然関係ない対応を取っていたり、剰余類同士で群の元をダブルブッキングするような事態が起きていたりするようではダメです。

 

同じように、 C_{3v}の剰余類分解は  H = \{E, \sigma_1\} に対する  C_{3}H でも可能ですね。図2aの各直線を挟む青と緑の箱のセットが剰余類に対応しているとみれば良さそうです。

ちなみに、ケイリーグラフと呼ばれる図によってその様子を可視化することが可能です。

f:id:cakkby6:20200213173434p:plain

 

このように、共役類や剰余類といった同値類によって分類することが可能だと分かりました。群を上手く分類することで群の様子がかなり分かりやすくなります。

 

 

今回は共役類・剰余類による分類についてでした。次回は、群の表現について書こうと思います。

cake-by-the-river.hatenablog.jp

 

 

参考文献

『化学や物理のためのやさしい群論入門』

化学や物理のためのやさしい群論入門

化学や物理のためのやさしい群論入門

 

『見える!群論入門』

見える!  群論入門

見える! 群論入門

 

 どちらとも、とても分かりやすい素晴らしい本です。